岩本真裕子 (明治大学・総合数理)
腹足類が這って移動する際、腹足の筋肉が収縮弛緩を繰り返しており、その筋収縮の波が伝播していく様子は肉眼でも観察することができる。ナメクジやカタツムリは体の進行方向と同じ向きに筋収縮の波(Direct wave)を進行して前進するが、アメフラシは体の進行方向とは逆向きに筋収縮の波(Retrograde wave)を伝播させている。さらに、アワビやカサガイ、サザエなどは、左右非対称な筋収縮波を使って這行しており、まるで四足歩行や二足歩行をしているかのようにも見える。このように腹足類の這行運動において見られる多様な筋収縮のパターンとその運動機構は、這行運動だけではなく、歩行など様々な運動形態を理解する基礎となると考えている。筋収縮パターンの報告は古くからなされているが、実際に前進するためには接地面との摩擦の制御が必要である。摩擦の制御方法に関しては、筋収縮波の一部を接地面から持ち上げていると考えられており、収縮部分を持ち上げればDirect waveによる這行が、伸張部分を持ち上げればRetrograde waveによる這行が実現可能であることが理論的にも明らかである。しかしながら、実際は、種によっては這行運動時の腹足に凹凸が観察されなかったり、腹足を上げるためにはコストがかかりすぎるなど、解決されていない部分も多い。さらに、腹足のどの部分をどのタイミングで上げるのか、高度な制御を要するメカニズムである。
本講演では、ナメクジによる実験やロボティクスにおいて示唆されている粘液による摩擦制御について、筋収縮と粘液のレオロジーを簡単な数理モデルで記述し、粘液の動的粘弾性が自動的な摩擦制御を実現することを示す。
Mayuko Iwamoto, Daishin Ueyama, Ryo Kobayashi, “The advantage of mucus for adhesive locomotion in gastropods”, J. Theor. Biol. 353 (2014) 133-141.
貝類を通して生命現象に迫る 3:貝類の行動