福森 啓晶(東京大学大気海洋研究所)
貝類において,海から河川淡水域への進出は様々な分類群で幾度も起こってきた(Vermeij & Dudley 2000).進化的スケールにおいて,淡水域から海への再進出は起こりにくく,河川に適応した種の多くは淡水域内でその生活史を終える.陸貝類と同様,分散能力に乏しい完全淡水性の貝類では,地理的種分化が生じやすく,その傾向は周囲を海に囲まれた島嶼でより顕著となるだろう.一方,熱帯・亜熱帯島嶼河川では,1)淡水域で生まれた幼生が海へ下り,2)数ヶ月かけ成長したのち,3)河口付近で着底して川を遡る「両側回遊」をおこなう腹足類が卓越し,高い種多様性を示す(McDowall 2010; Kano et al. 2011).これら両側回遊性貝類は,成体が淡水に生息するにも関わらず幼生時には海流分散し,また小卵多産のいわゆるr戦略をとるため,容易に新環境へ移入し,地理的分布を拡大すると考えられる.しかし,両側回遊性貝類の進化や分類に関する基礎的知見の集積は遅れており,同生活環が熱帯島嶼河川生態系多様性の創出・維持機構に果たす役割は未解明な部分が多い.本講演では,河川性アマオブネ類における両側回遊の進化史および種多様性の起源について,分子系統・分類・生物地理学的解析の結果から検討し,同生態系においてなぜ両側回遊という生活環が卓越するのかについて議論したい.